夢見る夢のつづき

2009/01/07/Wed
第1章 別離

2


くつくつと笑いながら皇帝が去った途端、セリカは立っていられなくなり、膝をついた。
ガクガクと肩が震えていた。

あの男が怖かったわけではない。
強引に口付けられた時、至近距離で合わさった紅い瞳の奥に狂気に微笑む血に飢えた闇の女神の姿が見えた気がした。

その存在が怖くて思わず無意識に歯を立てていた。
離されてからもその恐怖は消えず、セリカは体を支えきれずしゃがみ込んだのである。

「なんてモノを身の内に宿してんのよ・・・・・・」
ほとんど独り言のようにその言葉は口をついて出てきた。

イーレリーゼ、セリカを攫った赤毛の女には聞こえなかったようでセリカの恐怖に震える姿を、皇帝に攫われた姫君のそれと勘違いしたのだろうか。
「大丈夫か?」
と声をかける。

「触らないで」
自分を攫った女、しかも母をもその手にかけた女の助けなど受けるものかと、セリカは気力だけで立ち上がった。


+++++++++++++

金剛宮を賜った女がいる。
うわさはすぐに王宮を駆けめぐった。

金剛宮。歴代の皇妃が住む離宮であり、贅を尽くした優美な宮殿。

現在、ゾラスリアの後宮には15人の妾が住んでいる。
前皇帝の妾が12人、それに現皇帝の妾が3人。
どれもみな美しいが、現皇帝レイノラルドに必要ないと打ち捨てられた者たちだ。

それぞれが、皇帝の征服し滅ぼした国の姫であり、その国の王の命を乞うために贈られた敗戦国の王女たちであった。
その15人全員が愛を信じぬ皇帝に打ち捨てられてはいたが、彼女たちには皇帝の寵を得る必要があったので後宮は熾烈な女の戦いの場になっていた。

そこへもってきて振って沸いたような今回のうわさである。
後宮に入っている女たちは面白くない。

「金剛宮に女が入ったというのは本当か?」
「どんな女だ?」

そして、その噂はまた国の重鎮の間に浸透するのも早かった。

判ったのは黒目黒髪の異国の女であるということと、皇帝の腹心イーレリーゼが連れてきたということのみである。

皇帝の趣味は黒目黒髪なのか?

国の要職に就きたい大臣たちはこぞってそれに該当する女を集め始めた。
それがまた、皇帝の失笑を買っているとも知らずに。

「巫女よ、この建物が何かわかるか?」
上機嫌の皇帝は言った。
「知らないわよ。歴史的建造物か何か?世界遺産とでも言いたいわけ?」

「何だそれは」
「さあ?昔からあるすごい建物?」

わけのわからない言葉を使うセリカに戸惑いながら皇帝は答えた。
「・・・・・・皇妃の住まう宮殿だ」
「はぁ?じゃ、私がいちゃまずいんじゃないの?」

「面白いだろう?」
「あんたは言葉が少なすぎんのよ。それじゃ何言ってるかわかんないわ。
しかも毎回、面白い面白いって。人の反応見て楽しむなんてこの国には碌な娯楽がないのね」

セリカは強気に言い切るとその宮を出る。

その様子に侍女たちは戦々恐々として見入っていた。
皇帝に不用意な発言をして葬られた者は後を絶たない。この娘もいつ葬られるか分かったものではない。
そう思いセリカを憐れむ。
しかし、皇帝は楽しそうにくつくつと笑うだけだ。

セリカだって不安ではないわけではない。
むしろ不安になるとつい強がりを言ってしまうのは昔からのくせだった。
この世界に初めて来たときも慣れるまでジャルラーズに何度強がりを言ったことか・・・・・・。

「あ〜、ラーズ今頃どうしてるかなー」

セリかは誰もいない池に向かってひとりごちた。
もうラーズを独りにしないと、ずっと一緒にいると言ったのは自分だった。
なのに、こんな所に連れ去られてしまって、また彼を独りにしてしまった。

しかも、イーレリーゼには気をつけるようにとシロにしっかりと言われていたのに、まんまと彼女に攫われてしまった。

――ほんと、セリカはバカよね。

(え?シロ?)

セリカは驚いて聞き返した。
皇帝からは精霊結界から外に出てしまったセリカに神賜巫女としての力はないと明言されていたのでシロと話すことは半ばあきらめていた。
それなのに、グレンナールにいたときと少しも変わらない口調でシロは突然セリカに話しかけてきたのである。

――もう話せないと思った?日本にいたときにも話ができたのに同じ世界にいて話せないわけないじゃない。

言われてみるとそのとおりである。
シロと話ができないと思い込んでいた・・・・・・。
それはセリカにとってかなりショックな出来事だったようで話ができると分かった途端、全身の力が抜けるように力なくその場に座り込んでいた。

今まで無意識のうちに全身に力を入れていたのだろう。
安心した身体にはなかなか思ったように力が涌いてこなかった。


...to be continued.

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